たけちよ。の旅に同行した話。(前編)

僕には たけちよ。という友人(鉄オタ)がいる。

彼は昨日、一ヶ月ほどかけて日本を縦断するという(常人離れした)旅を終えた。

どういう旅かは以前彼自身が説明してくれているのでぜひ

こちらをご覧いただきたい。

 

jinsolgraffitibook.hatenablog.com

 

さて、彼は3月から九州をまわり、15日にゴールの肥前山口駅(佐賀県)に到着する予定だった。

僕はその2日前、

彼の旅の終焉を見届けるために九州に向かった。(それまでには少しすったもんだあって僕は九州行きを最後まで迷い、決断したのは出発の半日前である)

 

そして14日には無事彼と合流し、

2人で長崎を観光しつつ僕は彼のゴールに付き添い、15日の夜に博多駅から(しかもはかた号という最強の深夜バスで15時間かけて)東京に戻った。

今回、この一連の出来事について書いておきたいと思う。

 

ただこれまで無駄なことが一切、全く、一文字も書かれていないということで評判だった当ブログも、今回ばかりは色々脱線しながら(電車だけに(?))

書きたいので、前編と後編に分ける。

前編は今回の僕の旅の概要であり、後編はそのまとめと、たけちよ。の旅について思ったことである。

後編はまだちゃんと書くことを決めていないので、もし書いてみて思ったより内容が薄くなったらテキトーに好きなお笑い芸人の話でもしてお茶を濁そうと思う。

 

 

さて、

(とりあえず)僕の旅の概要に入る。

 

グズりながらもなんだかんだ九州に行くことを決めた僕ちゃんは

13日、諸々の用事を済ませた後昼過ぎに家を出て、深夜に姫路(兵庫県)に到着した。そのまま姫路駅前のJOYSOUND一人カラオケをし、

14日(僕の誕生日である)の早朝(5時!!)に九州に向けて出発した。

 

さて、そろそろお気づきだろう。

そう、僕は鈍行で彼の待つ長崎県に向かっていたのである。

一枚1万強で五日間乗り放題(JRに限る)の青春18きっぷを使い、チンタラと家からほぼ丸一日分の時間電車に揺れながら長崎県早岐というところに到着。鉄オタと合流したのは14日の20時、出発してから約30時間後のことだった。

 

僕はよく長期休暇時にこの青春18きっぷで実家の京都を行き来しているので(節約!)その倍くらい余裕かと思っていたが、

やってみるとかなりヘビーだった。

ご飯は持参のパンと駅で買ったグミが主なのでお腹は減るし(だけどヘルシー)

福岡県に入ったあたりになってくると、肩は脱臼するし首の骨は折れるしカバンの中で飼ってたニワトリが卵を産んだりして、それはもうケッコーな状態だった。

 

話が脱線してしまった。(Say!「電車だけに」!)

 

結局14日の夜 早岐駅で合流した我ら「まぢ仲良し二人組(ズッ友)」はそこから一駅のところにあるハウステンボスに行った。夜のハウステンボスである。そして早岐のホテルに宿泊し、15日再びハウステンボスに行き昼のハウステンボスを楽しんだ。

(効率が悪いように見えるがハウステンボスがこの旅の第一目的ではないので仕方ない)

 

ところでこの超有名観光地はとても楽しい場所だったが、それの感想をここで書くのは省こうと思う。ハウステンボスに今後行こうと思う人が参考になるような感想はおそらくちゃんとしたブロガーさんがやっているはずなので、そちらに任せる。

 

ただ1つ言うなら「バースデー特典」というのがあって、3月14日が誕生日の僕はその恩恵を受けることができたということだ。

バースデー特典は、来園日が誕生日の前後3日の人は専用のシールを胸につけることで、園内のショップなどで割引がきいたりする。僕もそのシールを胸に貼ってドヤ顔で園内を練り歩いていたら、どこの馬の骨だか分からない姉ちゃんや兄ちゃん(通称:キャスト)から「お誕生日おめでとう」「君、肌荒れてるね」「来年の誕生日は来るなよ」などと、祝いの言葉をたくさんかけてもらった。

 

さて、15日の昼過ぎにハウステンボスを出た僕らは、ゴール地点の肥前山口駅に向かった。たけちよ。の行ったJR最長片道切符の旅とやらは過去に幾多もの先人たちが成し遂げており、どうも稚内肥前山口というのが定石のようである。(このへんはよくわからない。)

 

とにかく肥前山口駅で僕は、無事にゴール地点到着を喜ぶ親友の記念撮影を無心で行っていた。そんな中舞い上がってしまってすっかり殿様気分の彼は

「余は駅員さんとも写真を撮りたいのじゃ」と言い出した。もちろん従順たる家来である僕はその頼みを快諾した。しかし改札に行くとその駅員さんはちょうどほかのお客さんの対応をしていた。電光掲示板を見ると、乗る予定の電車の時間が近づいてたので(次の電車は30分後である)「まあ諦めるかな」と思ったら、彼は律儀にその電車を見送り、対応が終わるのをちゃんと待って(およそ20分くらい)駅員さんと写真を撮っていた。僕はごく普通の駅員さんと写真を撮るのにここまで熱意を持つ人が世の中に存在するとは思わなかった。

 

そんなことがありながらも無事に一通りの撮影が終わると僕らは博多へ向かい、夕飯の後すぐ深夜バスに乗って16日の朝10時にパスタ新宿に到着。

高速道路が僕の才能ばりに渋滞していたので、予定よりも50分遅れの到着となった。

 

バスを降りたらヘトヘトになってるかと思いきや意外にバスの環境が快適だったので元気だった僕らは、マクドナルドで朝食をとりV6森田と宮沢りえの結婚について1時間近く熱く語り合った。

 

こうして僕の「たけちよ。の一ヶ月日本一周の旅〜最後の3日間体験ツアー〜」は幕を閉じたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツイキャスをしている理由と誰でもラジオについて

こんにちは、2月下旬は20、21、22と3日連続でツイキャスをした岡村です。

 

これだけツイキャスをしているとやはり友人からはよく

「なんでツイキャスをしてるの?」と聞かれてしまいます。

ぶっちゃけ一番は「楽しいからやってる」くらいの感覚なのですが、 

理由をあげるとなると話は以前に書いた記事の内容につながると思っています。

jinsolgraffitibook.hatenablog.com

 

この記事では、ブログをやっているのは

自分の好きなこととか考えていることとかをとりあえず友人間で閲覧可能な状態にしておく

ためだと言いましたがツイキャスもそれに近いです。

「自分が言いたいこととかをやりたいこととかを知り合いが聞ける状態にしておく」

ことで自分とか自分の周りになにかしらの影響が及んだらいいなと思っています。

それは、自分のキャスを聞いてくれてた友人と会ったときに「この前こんなこと話してたよね」って切り出してくれるというだけでも価値のあることなんじゃないかなと思っています。

 

さて。

そんな感じで楽しく仲間内だけでツイキャスをやっていた僕ですが、

つい先日友人のきねくん(@warauhoutei)とひたすらツイキャスをやるという

誰でもラジオ(@daredemoradio)という新たな場所(媒体?)を作りました。

今までは「僕がただ仲の良い友人がだべり(時には大喜利をし)仲の良い人が反応してくれてうれしい」だけだったのですが、

きねくんの提案により、「僕ときねくんがやることで参加者の間口がもっと広がっていろんな人と話す機会が生まれたらいいよね」ということで

この企画は始まりました。

最初は共通の友人から、そして片方の友人、ゆくゆくは僕ときねくんも知らない人とかと話したり出来たら楽しいね、って思っています。

ラジオで遊ぶ ということをきっかけに(名目にして)、ローカルなつながりが広がったり今までのつながりがより強固になっていったらいいな、という思いです。

 

それはラジオじゃなくても読書会とかでもいいんじゃないかと思うかもしれませんが

いろんなひとが集まって気軽に自由になんでも話せるプラットホームの一つとして

僕たちはラジオというかツイキャスを選んだ、ただそれだけの話です。

 

参加者の方には、いざ参加してみたら気まずい・・みたいなことにならないよう

僕たちも精いっぱい努力していきます。

 

ちょっとでも興味をお持ちの方は

誰でもラジオ(@daredemoradio)アカウントにDMやリプライなどを送っていただけると嬉しいです。

 

よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうも、たけちよです。

 

 

どうも私、たけちよ。 と申します。

 

「たけちよ。」です。句点もセットです。

今、電車に乗っています。

 

暇なんで岡村くんとLINEしてたらブログを書いてみないかと言われました。なので暇つぶしとして岡村くんのブログを借りて自分の近況を書いています。

 

さて、私が今何をやっているのかと申しますと、「日本一長い切符」を買ってひたすら電車に乗っています。

 

「日本一長い切符」と聞いてみなさんはどう思うのでしょうか。

 

なんか、凄そう、

 

なんか、長そう。

 

なんか、やばそう。

 

なんか、、、

 

そうなんです。この話をすると、鉄道知らない人は語頭に絶対「なんか」とつくのです。

無理もありません。電車なんて一般人からしてみれば交通手段でしかないし、ルートなんて定期券作る時や旅行の計画立てる時くらいしか考えないんじゃないでしょうか?

 

だから「日本一長い」と言われてもピンと来ないんだと思います。

せいぜい勘のいい人でも北海道から九州までの何となく長いルートくらいにしかイメージ出来ないんじゃないでしょうか。

なんで、この際僕がどういうルートを辿っているのかをざっとお見せします。

 

 

 

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これが、僕が今辿っているルートです。

 

分かります?

この日本地図にうねうね線が書いていると思いますが

 

これを「全部通るのです!」

 

しかもこのルート何がすごいって

 

「全部一筆書き」 なんです。

 

つまり、ゴチャゴチャしているように見えて、

「同じ駅を通っていない」のです。

 

だからルール上、「片道」の切符です。

性質上「池袋→新宿」の切符と同じです。

 

この最も長い「片道」の切符が俗に言う「日本一長い切符」というわけです。

 

具体的にルートを言いますと、出発は日本最北端の駅 稚内駅 終着は佐賀県肥前山口駅というところです。

そして経由地は、以下の通りになります。

 

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ね。

 

「なんか」凄そうって次元超えてるでしょ。

 

これ、「本気で」ヤバいんです。

 

距離にして大体1万キロ!

値段は73000円(学割の値段)!

有効日数(切符が使える期間)は56日!(普通は大体1~2日くらい)

 

僕でも訳わかんないです。。

 

そんな切符がこちらになります。

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切符なんですこれが、、

 

当たり前ですが、自動改札へは通れません。

いちいち駅員さんに説明しないと行けません。

しかも見せる度にこの切符の説明をしないといけません。面倒いです笑

 

ちなみに56日間ずっと改札が出れないかと言われればそうではなくて、有効日数以内で、ルート上であればいつでも途中下車することができます。

 

途中下車する際、改札では下車印というものを押してもらうのですが、この切符半端なく途中下車出来るので、今、僕の切符はこんな感じになってます。

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ちょっとしたスタンプラリーみたいですね。

 

ところで、ここまで読んで「このルートってたけちよ。が全部1から考えたの?」って思った方いらっしゃると思いますが、そんなことはありません。

 

実はこの切符、鉄オタ(特に乗ることをメインとする乗り鉄)の間ではかなりポピュラーな切符で、先人達がルートを算出してくれているのです。

 

僕も彼らが作ったルートを参考にしました。

 

この切符に挑戦して分かったんですが、僕の他に結構挑戦した人は居るみたいです。

 

でも、なかなか上手くいかなくて断念する人も多いとの事です。(運休とかで。)

 

この切符を達成するには相当運も必要なんです。

 

そして、この切符ってそもそもどうやって買うのかという話もしなければいけませんが、意外や意外「みどりの窓口」で買えるのです。

 

みどりの窓口で先程の経由地を見せて「この区間の切符を作ってください」と言うだけです。

 

ね。簡単でしょ?

 

 

言うだけならね。

 

 

僕が作った時は、経由地を見せたあとに、職員さんが控え室に引っ込みました。そしてずっと出て来ませんでした。

 

10分くらいしてやっと出てきて

 

「この切符作るのに、2ヶ月かかります」

 

と言われてしまいました。

 

ちょうど、その時は2018年の1月2日

 

「え、間に合わないやんか!卒業するやん俺!」

 

と思って交渉した挙句、何とか「1ヶ月」で作ってもらうことが出来ました。

 

こうしてやっと二月の頭から「日本一長い切符」の旅をスタートさせることが出来たのです。

 

作るのも大変、やるのはもっと大変。

 

なんでこんなことするのかと言われれば、

 

 

日本一長い切符に乗りたいから!

 

 

ですね。なんというか、ロマンです。

 

 

まぁ、青春18切符とかで鉄道でぐるぐる旅をするのが好きな自分としては「日本一長い切符」に対する憧れもありますし、有り余る時間とある程度の金があるのは今しかないってのもあります。

 

でも、そんなこちゃこちゃした理由は幾らでも言えるのですが、結局のところ「やりたい!」という単純な気持ちが僕を突き動かしているのでしょう。

 

この気持ちは旅に限らず、今後の人生でも大切にしたい気持ちです。

 

さて、僕は今稚内をスタートしてから15日目。どこにいるかというと、なんと八王子にいます。なんだ東京にいるじゃねぇか!とお思いでしょうが、これまでに稚内からあのルートを通って来たわけですからね、積もる話は沢山あります。

 

 

それは追々僕個人のブログなどに書くとして、今日の旅の目的地、岡村くんの家へと向かいます。

 

 

アンゴラ村長世代の芸人観


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にゃんこスターアンゴラ村長 の、去年の年末に出演した番組での発言がいまだに気になっている。

 

現在カップルのにゃんこスターだが、番組で「もし別れてしまったらその時は解散する」と宣言するアンゴラに、尼神インターの渚が「別れてもお笑いやらなあかんねん。芸人舐めんなよ」とツッコミを入れた。するとアンゴラ

 

「私は解散も人生も全部、『芸人してるな』っていうのでワクワクしてるんです。」

と返していた。これはとても印象的だった。

にゃんこスター「別れたら解散」宣言 尼神インター・渚「芸人ナメんなよ」 - エキサイトニュース(1/3)

そして、このやりとりで完全に渚とアンゴラ村長の「芸人」のとらえ方の違いが明らかになった。思い出されるのはキングコング西野とナインティナイン岡村のいざこざである。もう解決した騒動で忘れている人も多いだろうが、あれは「職業としての芸人」と「生き様としての芸人」というとらえ方の違いから起こっていた。このことについてはキングコング西野本人がわかりやすく説明している。

lineblog.me

これを読んだらわかると思うがアンゴラは生き様を「芸人」と呼ぶ、西野と同じスタンスをとっている。

そして僕が何でアンゴラの先の発言がいまだに気になっているのかというと、

彼女と同い年くらいの「超若手芸人」は彼女のような考えの人が多いなと常々感じるからである。

(これが果たしてキングコング西野の影響なのかは分からない。

しかし今、吉本の養成所・NSC生に「目指す芸人」のアンケートを取ると西野が上位に入ってくるというのだから

少なくとも若手ほど西野の思想やスタンスに共感しやすいのだとは思う)

 

さて、以前キングオブコント2017について書いた記事でも少し触れたが、パーパーというコンビのあいなぷぅ(アンゴラと同じ23歳)がめちゃくちゃ面白い。

f:id:jinsolgraffittibook:20180118200109j:plainあいなぷぅ(右)

この人はお笑い芸人になりたいからではなくて、狩野英考にあこがれて狩野に会うためにマセキ芸能社に入っている。また、夢は「アニメの声優をすること」なのに、芸人をやめるつもりはないと言っているのがすごく興味深い。「声優になれよ。」って普通なら思う。

中でも僕が好きな彼女のエピソードはとある番組のオーディションで一発ギャグを求められたときに

「私は芸人じゃないので出来ません」 

と言ったというものだ。(1月10日放送「冗談手帖」より)

「いやおまえ・・・芸人だろ・・・?」ってこの発言だけきいたら普通の人は思うだろうが(これこそ渚が聞いたらキレそうな発言だ)、これまでの話をふまえたら意味が分かると思う。彼女はいわゆる雛壇に出たりやギャグをするといった、(岡村や渚が支持するような)「職業的な意味での芸人ではない」ということを主張しているのだ。

もう一人今注目を浴びてきている芸人で彼女に似ている例を挙げるとペコリーノというコンビのクロコダイル・ミユ(22)である。

f:id:jinsolgraffittibook:20180118205805j:plainクロコダイルミユ(左)

ペコリーノはまだ二人とも学生なのに吉本にスカウトされ、最近もちょくちょくテレビに出演している実力派男女コンビ。

そしてミユは大学のお笑いサークルのマネージャーで、相方の植木に誘われてたまたま組んだらウケた、というところから芸人になっているのであいなぷぅと同じように「お笑いのことはよくわからない」というスタンス。

夢は「映画とシャンプーのCMに出ること」らしい。

 

今挙げた人たちは、「面白いことの一環」として漫才やコントをしているだけであって賞レースなどで結果を出すことに固執していない。おそらく今の若手芸人(30代くらい)の理想の成功像として描いているような「賞レース決勝orネタ番組→雛壇・バラエティで活躍→冠番組でMC or コメンテーター」みたいなコースを目指してはいない。

 

そこがアンゴラ村長世代(20代前半くらい)の超若手芸人の面白いところである。

もちろんこの世代の全員が全員がそうではない(実際いまピックアップしてみたら女の子ばっかだし)が、僕は個人的にこういう人たちがどうなっていくのか、非常に興味がある。

特に僕が好きなナイチンゲールダンスというコンビのヤス(24)は馬鹿よ貴方はの新道のトークライブに登場した際、新道から「目標はM1優勝?」ときかれたときに「決勝いけたらうれしいけどそこは別に」と答えている。そして、自身の夢は

「いろんな国籍の人を乗せた海賊船をつくって世界を回ること」

と語っていた。決してボケで言っているのではない(彼はツッコミである)。

 

全然理解できない。

 

でもだからこそ、すごく面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

www.youtube.com

 

 

 ※ナイチンゲールダンスのヤスとアンゴラ村長は学生時代、イベントで一回コンビを組んでいる

  

 

 

 

知り合いのためのブログって絶滅したの?

 

 

2018年になったしここで改めて言っておきたいのだけれど、この「カルアミルクしか知らない」というブログは、いわゆる「僕のツイッターの長文ver」であり、

決して世に溢れているブロガーの人たちのような、何かの感想についてまとめた有意義なものではない。

「どうでもいいことをグダグダ言いたいけど140文字じゃ足りなくね?」

ツイキャスにしても自分 話すの下手だし文章でちょっとまとめてみたくね? 」ってことをただ書いている、

いわば「自分のためだけど一応知り合いに開かれている」ブログである。

 

でも中学生の頃とかを思い出してみると、特に同級生の女の子とかはよくそういうブログを書いていたように思う。

ふと気になったんだけど、一体あれはなんのためだったんだろう、当時ツイッターとかなかったからきっと今のツイッターとかインスタ的な扱いだったのか。あとミクシィとかってみんなどういう風に使ってたのか(僕は使ったことがない)とか、全くわからないので僕と同い年くらい(現在21〜25歳)の人は教えて欲しい。

 

今、僕の友達で、友達に向けたブログをやっている人を知らない。でも僕としては素人が一般の人に向けてブログを書いても競合相手が多すぎるというか、あまり価値を提供できる気がしない。

それは、友達相手だったら価値があるというよりかは、自分が普段思っていることとかをわりときちんと文章にして残して見れるようにしておくということは、会ったときの話題のタネになるというだけでも意味があると思うし、「ブログ読んどけば会わなくてもいいや」って思われたとしてもそれはそれでいい気もする。(僕がその程度の人間だということだ)

 

とにかく自分の好きなこととか考えていることとか、「直接会って話すにはどうしようもないこと」をとりあえず友人間で閲覧可能な状態にしておく、というのはもっとみんながやってもいいことじゃないかなと思う。

 

ブログに書くほどではないとしても、ツイッターにしても僕の友達にはあまり呟いている人がいない。そういう人たちに「もっとつぶやけばいいのに」って僕が言うと「自分のどうでもいい話とか誰も興味ないでしょう」ってよく返してくるのだが、

ならたまーに君たちが呟く「◯◯に行ってきました」「今日は◯◯を食べました」みたいなのには興味を持ってくれてる、と思ってるのか? と思う。基本的に興味を持つかどうかは他人がきちんと決めて取捨選択してくれて、最悪ミュートとかブロックをしてくれるので(現に僕は部活の同期や後輩の何人かにツイッターアカウントをブロックされている)自分はとにかく好きなことを垂れ流しとけばいいのである。そしたらたまに「それ実は俺も…」みたいに意外なところから話題が発生して、今までになかった交流が生まれるかもしれない。それはとても素敵なことだと思う。

初詣で村上春樹を思い出した

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突然だが「村上春樹の小説は日本的である」

という話を紹介したいと思う。

 

村上春樹の物語の大きな特徴として

「理由が語られない」というのがある。

村上春樹の小説では基本的に妻や親友が突然失踪したり、謎のミッションを謎の人物から与えられたりしてストーリーが動いていき、結局その理由は最後まで語られない、みたいなことが多い。(おそらく「村上春樹はつまんない」と言う人が不服に思ってるのはこの点なんだと思う)

 

でも、この「核の部分が分からないまま物語が動く」というのは村上春樹の発明で、以降日本の純文学ではこの構造が多く取られるようになった、と評論家の渡辺直巳が言っていた。

例えば僕が好きな小説で辻仁成の「海峡の光」という芥川賞受賞作がある。この小説は刑務所が舞台で、看守の視点でかつて看守をいじめてた同級生の不可解な行動が描写されるわけだが、最後までこの同級生の行動の理由は分からないままで終わる(個人的にその描写が好きなので一度読んでみてほしい)

 

おそらくこういう小説は純文学として括られる現代小説ではあふれ返っているのだけれど、渡辺直巳いわくこの「核がよく分からない」という構造は非常に日本的だという。

 

その根拠はロラン・バルトという哲学者が「表徴の帝国」で述べた日本文化論にある。そこでは、ヨーロッパの都市の中心には必ず聖堂や広場があって「どこが中心か見て分かる」のに対し、東京の中心の皇居には森だけの「何もない」空間が広がっていることに言及されている。他にも俳句などの例を持ち出して、日本には「中心が空虚」で意味から解放されている文化があるということが語られている。

 

したがって村上春樹の小説は、「日本文化を規定している無意識的な構造そのままである」、ということらしい。

 

この話を知った時にはなるほどと思った。

そしてこの話を思い出したのは、タイトルにあるが

「核がよく分からない」構造のミニチュア版とも言える「御守り」を初詣の時に見たからである。

冷静に考えてみたら中身に何が入ってるか分からないものを大事にずっと身につけられるのって凄いと思う(もちろん小さい頃好奇心にかられて中身を見ようとした人もいると思う。僕もその1人である)

ただ大事なものは見えない方が神聖な感じがするというのは確かにあるし、日本人的な感覚なんだろうなと思う。

 

 

 

 

ちなみにこの話を友達にしたときに

「結局、核の部分がよく分からない…」っていう部分で「お前そのものじゃん」って言われました。

 

はい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウーマンラッシュアワーの漫才を見て思ったこと

先日 話題になった「THE MANZAI」でのウーマンラッシュアワーの社会風刺ネタについて書いておこうと思います。

純粋にかっこよくて僕はとても好きな漫才なのですが、まあ批判も多いのもわかります。

でも、彼らの漫才を見て感じたことを言っておきたいと思います。

 

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↓ここから

 

「社会風刺のお笑いは日本には少ないから凄い」というのはあまり正確ではない気がする。

 あの漫才の良かったところは

「謙虚さ」にある。

 

 まだ彼らの漫才を見ていない人はぜひ見てほしい。どういうネタだったかの詳しい説明は省こうと思う。

 

 ネタでは 福井の人、沖縄の人、熊本の人などにスポットが当てられていた。被災者などいわゆる立場の弱い人に目を向けられていたところが印象的だった。

「風刺なんてビートたけしとか爆笑問題とかしてんじゃん 風刺しただけで騒ぐなよ」と嘲笑ってる人は的外れだと思う。風刺してたこと自体は別にそこまで重要じゃない。

 

なぜ、立場の弱い人にスポットを当てるのが素晴らしいかというと、そもそも芸人とは江戸時代からずっと社会的弱者(アウトサイダー)だったから。

江戸時代からずっと差別の対象だった芸人は1970年代を経て、80年代のマンザイブームをきっかけに(そのきっかけをつくったのが「THE MANZAI」である)芸人の地位は圧倒的に向上した。

「芸以外何もできない」から世間からひどい扱いを受けていた人種がスターになる時代になった。だから今の偉い芸人には「謙虚さ」がない。

 

松本人志豊田真由子に暴行された秘書に対して「秘書がわざと怒るように誘導したんでしょ?」「秘書の説明セリフが気になりました」と豊田真由子を擁護し、体罰の問題も「昔は良くてなぜ今はダメか」と体罰側に立っている。被害者の気持ちを考えるという点において 彼は非常に鈍い。

 

松本人志が安倍首相と会食して批判されたが そこはどうでもいい。右翼の松本がダメでリベラルの村本が偉い という問題ではない。

 

ただ芸人は偉くなっても弱い人の味方であって欲しいという気持ちが、個人的にある。それはお笑いの歴史からだけじゃなく、多くの人を笑わせることができる人に求める、僕の純粋な理想だ。

 

 とある作家が「もし、硬くて高い壁と、そこに叩きつけられている卵があったなら、私は常に卵の側に立つ。

(中略) 壁の側に立つような作家の作品にどのような価値があるのでしょうか。」という有名な言葉を残している。

お笑い芸人もそうであってほしい。

 

 80年代に芸人の地位向上とともに日本のバラエティに生まれたのは「いじめ的な」空間である(この問題についてはまた後日ちゃんと書きたい)

下の人 をいじることで笑いを生んできた「上の人」は自分自身が進んで怪我をして下の側に立つことは少ない。

 

いじめ的な空間を代表する番組(「みなおか」や「めちゃイケ」)が次々と終了しはじめている現在

ウーマンラッシュアワーの漫才をきっかけに「卵の側」に立つ「偉い」芸人が増えることを願う。

 

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